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大阪高等裁判所 平成5年(ラ)537号 決定

主文

原決定を取り消し、本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

一  執行抗告の趣旨及び理由

別紙執行抗告状及び抗告理由書(各写し)記載のとおり

二  当裁判所の判断

1  認定事実

次のとおり付加、訂正するほか、原決定一ページ一一行目の「記載によれば、」から同五ページ二〇行目の末尾までに記載のとおりであるから、これを引用する。

原決定二ページ五行目の「申立人は、」の次に「平成四年八月六日、」を、同三ページ三行目の「賃料」の次に「一二一一万二八〇〇円」を、同一〇行目の「賃料」の次に「一二一一万二八〇〇円」を、同四ページ四行目の「賃料」の次に「七四一万六〇〇〇円」を、同一七行目の「賃料」の次に「一三五九万六〇〇〇円」を、同五ページ二〇行目の次に行をかえて次のとおり各加える。

「(8) 相手方山岡、同山田MP、同上田商行及び同石田建設は、いわゆるグループ会社である。」

2  当裁判所の判断

(1) 相手方山岡、同山田MP、同上田商行及び同石田建設(以下これらの相手方四名を「相手方山岡ら」という。)に対する本件執行抗告について

原決定は、相手方山岡らの主張する各賃貸借契約は、本件各不動産に対する執行を妨害するために仮装されたと推認するのが相当であり、したがつて相手方山岡らの占有は引渡命令により容易に排除可能であるから、その占有の態様が悪質であるなど、引渡命令が発せられることを考慮してもなお売却の妨げとなると認められる特別の事情が存在する場合を除き、原則として、その占有していることをもつて不動産の価格を著しく減少する行為であると認めることはできないというべきであり、本件には、右特別事情が存在することの疎明がない等として、相手方山岡らに対する本件申立てをいずれも却下している。

しかし、右原決定の理由は、採用することができない。その理由は次のとおりである。

前記1に認定の事実によれば、相手方山岡らの主張する各賃貸借契約は、<1>滞納処分による差押え直後のものであること、<2>賃料に比して保証金の額が著しく高額であること、<3>二年分にもわたる高額の賃料前払いがなされたこととなつているのであり、通常の用益を目的とした賃貸借契約に対比するとそれ自体、極めて特異な内容となつている。しかも、右保証金、前払賃料の支払いの事実が存在せず、所有者の高木企画は、その支払いを受けていないのに受けたかのような外観のある書面を作成していること、さらに、相手方石田建設については、日付を異にする二通の契約書が存在するし、相手方上田商行については、本件建物の一階部分につき同相手方が占有していないのに賃貸借契約書だけ作成されているものも存在すること、相手方山岡らはグループ会社であること等を総合すれば、所有者の高木企画と相手方山岡らは、共謀のうえ、本件各不動産に対する強制執行を妨害するため、或いは、本件各不動産に関し不正な利益を得ようとして、架空の賃貸借契約書や領収書等を作成し、相手方山岡らにおいて本件不動産を占有するに至つたものとみるべきである。

相手方山岡らが所有者高木企画との共謀により右認定のいわゆる執行妨害のために、本件不動産の占有を始め、これを継続している行為は、相手方山岡らが高額の保証金、賃料の前払いをしている旨主張していることと相まつて、競売による自由な競争を阻害し、買受価格を著しく低下させるものと認められ、売却のための保全処分の要件としての「不動産の価格を著しく減少する行為」に該当するというべきである。

ちなみに、右認定事実によれば、相手方山岡らの占有は、民事執行法一八八条、八三条所定の引渡命令により排除することが可能であり、かつ、最低売却価額の決定に際しては、債権者、債務者保護のためそれを下回る価格で売却しないとの制度の目的等に照らし、右占有があつたとしても、最低売却価額を全く減価しない(あるいは減価するとしても著しくは減価しない)こととしてみても、最低売却価額はあくまでも最低の価格として設定されているものにすぎないのであつて、前記のような相手方らの行為について、売却のための保全処分の要件としての「不動産の価格を著しく減少する行為」ではないということはできない。けだし、不動産の価格が著しく減少するかどうかは最低売却価額を基準として考えるべきものではなく、実際の売却価格(競売価格)を基準にこれを考えるべきものであるところ、競売時、当該物件について引渡命令が発せられるかどうかは、物件明細書の記載等によりおおよその予想が可能な場合もないではないが、一般の買受希望者がこれを完全に予想することはおよそ困難ないし不可能であるし、もとより、執行裁判所は物件明細書等の記載によりその可能なことを保証しているわけではない。また、引渡命令が発せられると予想されたとしても、相手方山岡らの前記認定のような態様の占有が存することにより、一般人等潜在的な買受希望者が、買受け後にこのような者との明渡交渉あるいは引渡命令の執行をする事態の陥ることを嫌忌して、買受申出から逃避することともなり、遂には前記の実際の売却価格を著しく低くさせることとなるものであることは、当裁判所に顕著なところである。それゆえ、前記認定の事実からみて、右のような事態が容易に予想されるような、本件の場合は、当該不動産の売却価格を著しく減少する行為がなされているのにほかならず、保全処分命令を発するのが相当である。

なお、民事執行法五五条一項によれば、同項の規定による保全命令を発することのできる相手方は債務者に限られているが、本件のように同法一八八条により同法五五条を準用する場合は、「債務者」は「債務者又は所有者」と読みかえるのが相当である。また、本件の債務者及び所有者の高木企画と相手方山岡らとの間に、右認定のとおり売却価格を著しく減少する行為についての共謀が認められる場合には、相手方山岡らに対しても「債務者又は所有者」と同視できるものとして保全処分命令を発することができるものというべきである。

(2) 相手方三原に対する本件報行抗害について

原決定は、相手方三原については、所有者又は債務者と同視できる者に該当するとの的確な疎明がないとして、これを却下している。

しかし、原決定指摘のとおり、<1>相手方三原と高木企画との間の賃貸借契約書が滞納処分による差押さえの直後に作成されていること、<2>その賃貸借契約書においては、賃料に比して保証金の額が著しく高額であること等の事情が存在する上、さらに、一件記録によれば、相手方三原と高木企画との賃貸借契約書は、相手方山岡らと高木企画との前記各賃貸借契約書と同一の定型用紙を用いて作成されていることが認められる。これらのことに前に認定、説示したところを総合考慮すれば、他に特別の事情を認めるべき資料のない本件では、相手方三原においても、相手方山岡ら同様、所有者の高木企画と共謀して、執行妨害目的のために、架空の保証金の授受を仮装した賃貸借契約書を作成して、本件建物の占有を開始したと推認することができるから、相手方三原についても保全処分命令を発するのが相当である。

三  結論

以上のとおり、本件においては相手方らに対する売却のための保全処分の要件が存在するものというべきであるから、右の要件がないとしてこれを却下した原決定は取消しを免れない。そして、抗告理由によれば、抗告人は、申立ての趣旨の変更を検討中であるというのであるから、その発すべき保全処分命令の具体的内容、担保の要否、これを要する場合の担保の額等については、原裁判所においてこれを検討すべきこととするのが相当である。よつて本件を原裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 仙田富士夫 裁判官 竹原俊一 裁判官 東畑良雄)

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